能登人を訪ねて…能登島”向田の火祭” 反対か賛成か揺れる住民の思いに迫る (2024年8月15日)
能登の人は土に生まれ、土に帰る。
私達皆が実は同じです。
世界中の人々は本当は皆、地域に住んでいた人です。
その地域地域で人々は生活を営み、文化を形成していました。
それが変わったのはいつからでしょうか?
日本は明治維新の前、戦もなくなり280年間戦のない時代が続きました。
明治維新から文明開化で西洋化を急速に進めました。
東京は戊辰戦争の不安定さと東北、蝦夷の統治の関係で日本の中央にある方が地政学的に良いという意味が有ったようです。
そんな東京に人々が本格的に集まってきたのは戦後の復興からです。
東京に人が集中するまで、日本は地方色豊かな国だったのでは無いでしょうか?
現在でも東京一極集中は続き、特に若い世代ほど東京や大阪等の大都市に集中する傾向にあります。
そんな地方にどのような選択肢があるのか。。。
それは一人では何も出来ません。
行政?彼らにそんな力があるでしょうか?
私達に一体何が出来るのでしょうか?
能登という石川県の半島の上の方の地方で残った歴史と震災。。。
日本人が宿命として抱えている災害。
個人的には日本の文化は災害との共存の文化だと思います。
そして世界的にも、このような深い文化を持った国はヨーロッパ以外は中国、日本しかありません。
(勿論原住民の歴史はあります。)
私達は、この地方の文化を残せるのか?
それは現代日本人に突きつけられた問題です。
「向田の火祭り」は能登島で開催される伝統的な祭りですが、昨年の地震の影響で実施に賛否が分かれました。祭りの前日、35歳以下の若者を中心に、高さ約30メートルの松明が準備されました。地元住民の中には、祭りの継続に対して反対する声もありましたが、若い世代が積極的に推進し、その意欲に賛成派も増えていきました。 特に、地元の規則で松を作るための芝の供出が負担になるなど、祭りの準備には課題が多かったものの、伝統を守りたいという思いが住民の間で強く、最終的に祭りは実施されました。祭り当日、地域住民が一体となり、伝統の継承と地域の復興を願う声が響きました。祭りが成功し、住民たちは一つにまとまり、地域の活気を取り戻す象徴的なイベントとなりました。最後までご覧になっていただきありがとうございました。
投稿日:2024-08-16
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